
成功 · カジキ漁の季節 · ある漁港の物語
一本のカジキを突くために、風と波の上で三時間待つ
九月が来れば、成功の新港は活気づく。突きん棒船が海へ出て、魚市場に競りの声が響き、食卓には水揚げされたばかりのカジキの刺身が一切れ —— これが東海岸でいちばん味わい深い季節だ。
海岸編輯室·更新 2026-05-31 · 5分で読めます
毎年九月、成功・新港の朝は、いつもより二時間早く始まる。
午前三時、漁師たちはもう船の支度にとりかかる。四メートルの鉄の突きん棒、ロープ、燃料 —— すべてを整え、四時に海へ出る。
水平線のかなたでは、黒潮が北へと流れ、カジキがその流れに乗って東海岸へ帰ってくる。
カジキ突き、それは風と波の上で待つ仕事
カジキの突きん棒漁は、台湾東部でもっとも名高い伝統漁法で、日本統治時代に始まった。
現代の延縄漁やトロール漁とはちがって、突きん棒漁が頼みとするのは一人の人間、一本の突きん棒、一枚の波だ。
- 漁師は船首の「鏢台(ひょうだい)」に立つ(船の舳先から突き出した木製の台のことだ)
- 船は風波の中をゆっくりと進む
- 突き手は肉眼で海面をさぐり、魚の背びれが水面に浮かぶ一瞬を見定める
- 船の速さ、波の向き、魚の進む方向を読み、棒を構え、狙いを定め、投げ放つ
一突きで命中する確率は三割に満たない。三度しくじってようやく一度当たる、それで腕利きと呼ばれる。
土地の老いた漁師は言う。「カジキ突きは力の仕事じゃない、辛抱の仕事さ。三時間、四時間と立ちっぱなしで、波しぶきに全身を濡らしながら、待っているのはたったの一秒だ」
この漁法を今も完全なかたちで残しているのは、全台でも成功、新港だけだ。ここには黒潮があり、暗礁があり、そして一本の魚のために一朝をまるごと捧げられる人たちがいるからだ。
三つの魚、三つの季節
| 季節 | おもな漁獲 | 特色 |
|---|---|---|
| 九月-翌年三月 | クロカジキ(黒皮旗魚)/シロカジキ(白皮旗魚) | カジキ漁の最盛期、突きん棒漁の繁忙期 |
| 三-六月 | シイラ(鬼頭刀 / Mahi-mahi) | 東部限定、身は甘く瑞々しい |
| 四-七月 | トビウオ(飛魚) | アミ族(阿美族)の伝統漁、干したトビウオは集落の食材 |
だから「成功漁港を訪れるのにいちばんよい季節」は、何を食べたいかで決まる —— カジキ突きと活きた魚の水揚げを見たいなら九〜十一月、シイラを味わいたいなら四〜五月、アミ族のトビウオ祭りを見たいなら五〜六月だ。

一本のカジキが食卓に届くまで
成功で突いたカジキは、水揚げから皿に出されるまで、早ければ四時間だ。
- 05:00-08:00:突きん棒船が次々と港へ戻り、漁師が魚を岸へ運び上げる
- 08:00:新港魚市場の競りが始まる。買い手(料理店、卸、小売)がその場で競り落とす
- 09:00-12:00:魚は魚市場の向かいにある海鮮料理店の厨房へ運ばれ、刺身に引かれ、汁に煮られ、ステーキに焼かれる
- 12:00 から:食卓に、その日水揚げされたばかりのカジキの刺身が運ばれてくる
これこそが、成功漁港のカジキの刺身が、台北のどんな寿司店よりも甘い理由だ —— 腕のちがいではなく、新鮮さのへだたりがあまりに大きいのだ。
「東部の味は、水揚げされたばかりのカジキを一切れ口にしないかぎり、わからない。
」
成功の海の幸の味わい方
地元おすすめの食べ方
- 海鮮料理店(魚市場の向かい、何軒もある):カジキの刺身 + シイラの汁物 + トビウオの卵入りソーセージの定番三品
- 漁港の朝食:カジキのビーフン汁、四〜五時から昼まで営業
- 市場で直接買う:魚市場では水揚げされたばかりの丸ごとの魚が手に入る。量り売りで、台北より三分の一以上安い
- その場で刺身に:屋台によっては「その場で刺身に引く」サービスがあり、丸ごと一本を買えば、その場で店主が刺身に引いてくれる
一日の行程
| 時間帯 | 行程 |
|---|---|
| 05:00 | 三仙台(三仙台)の日の出(夏季) |
| 07:00 | 車で十分、成功・新港へ |
| 07:30 | 突きん棒船の水揚げを見る(九〜十一月がいちばん賑わう) |
| 08:30 | 朝食:カジキのビーフン汁 |
| 10:00 | 新港魚市場を歩き、土産を選ぶ(干したトビウオ、海塩) |
| 12:00 | 海鮮料理店:引きたてのカジキの刺身 |
| 14:00 | 台11線を北上して旅を続ける(八仙洞、長濱)か、南へ都蘭(都蘭)へ戻る |
見逃しやすい片隅
- 比西里岸 PaWuPawu(パウパウ)集落:成功の南へ十分とかからず、羊の角をもつ獣のランドアートがある。毎年六〜九月の東海岸大地芸術祭の常設展示だ
- 成功小学校:海岸線でもっとも美しい小学校。校庭はそのまま太平洋に面している
- 新港天后宮:漁港のそばに建つ百年の廟。老いた漁師は海へ出る前に必ずここを訪れる
- 成功老街:一九五〇年代、漁業全盛期の面影を残す街並み。観光客はほとんどいない
成功への行き方
- 車:台東市街から台11線を北上しておよそ一時間(45 km)
- チャーター:おすすめ。三仙台の日の出 + 成功漁港の朝食は王道の組み合わせだ
- バス:台湾好行・東部海岸線(日中の便)
あとがき
成功が教えてくれたのは —— 食の新鮮さは、ごまかせないということだ。
突き手が海へ出て、魚市場で競られ、厨房で刺身に引かれ、食卓に運ばれる。四時間のうちに仕上がるその新鮮さは、どんな冷蔵流通も、どんな輸送も、どんな包装も、まねのできないものだ。
次にカジキの刺身が食べたくなったら、台北で探さないでほしい。どうか成功へ来て、黒潮とともに岸に着いてほしい。
関連記事:
- 三仙台の日の出とあわせて:八つのアーチを越え、三人の仙人が遺した島へ
- 東海岸をまるごと歩くなら:東海岸の集落 3日間
Image credits
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