
海端・栗松・世界に誇るひとつの物語
南横の深い谷に眠る翡翠
台湾でもっとも美しい野渓温泉は、南横公路の深い谷の底にある。たどり着くにはロープで400メートル下る。
Sam Hu·更新 2026-05-27 · 5分で読めます
台湾には、まずロープの下り方を覚えなければ浸かれない温泉がある。
その名は栗松温泉(栗松溫泉)。南横公路(台20線)168.5キロ地点、標高1547メートル、台東県**海端郷(海端鄉)の谷の奥深く ── すなわちブヌン族(布農族)**の伝統的な領域にある。
台東市街から車で登れば二時間。関山(關山)からなら一時間半。そうしてようやく、道端の目立たない入口に車を停めたとき、本当の物語が始まる。
90度の下り
入口から渓谷まで、歩いて40〜60分。標高差400メートル。前半はゆるやかな坂、後半はほとんど垂直の90度で、山仲間や地元の人が結んでくれたロープを、一区切りずつ伝って下りていく。
手袋を持つこと。汚れてもいい靴を履くこと。荷物は軽い背負い式に ── 両手はいつでもロープを握れるようにしておく。
これは観光地にふさわしい入場の作法ではない。けれど栗松は、はじめから観光地ではなかった。大自然がひとかけらの翡翠を谷のもっとも深いところに隠し、あなたがそこまで歩いて取りに行く気があるかどうかを試している。それが栗松だ。
翡翠はどうして育つのか
ロープを下りきると、目の前にはこんな光景が広がる。岩の割れ目から白い湯気がゆらゆらと立ちのぼり、岩壁は一面の翠緑色、そこに淡い橙と乳白がまじって、まるで巨人が絵の具を撒いたかのよう。足もとの渓流は冷たいのに、岩壁に近づくと骨に刺さるほど熱い。
これは大自然が何千年もの時間をかけて、ゆっくりと作り上げた色だ。その仕組みはこうである。
- 温泉水は炭酸カルシウムを豊かに含み、岩の割れ目から流れ出たあと、溶けていた鉱物が冷えながら結晶となって沈殿する
- 翠緑色の温泉藻(熱を好む藻類の一種)が、その結晶の表面に付着する
- ふたつが重なり合って、翡翠のようなあざやかな緑の色合いが生まれる
湯温は45〜65℃、弱アルカリ性の炭酸水素ナトリウム泉、pHはおよそ7、鉱物を豊かに含む。「台湾第一の美泉」と呼ばれている。
「白い湯気がゆらめく栗松温泉は、天が台東だけに贈ってくれた、ひとつの贈り物なのだ。
」
ひとかけらずつ育ってきた時間
栗松を知る人は言う。ここ数年の栗松は、十年前とはもう違う、と。
いくつかの結晶が傷ついた。折り取る者がいて、「記念」に持ち帰る者がいて、岩壁に刃物の痕を残す者がいた。岩壁が一センチ育つには数百年かかる。壊すのは、たった一秒でいい。
「このような美しい景色は、時間をかけて一滴ずつ、少しずつ育っていくものなのだ。
」
栗松を訪れる人はますます増えている。けれどこの谷は、ダムのように、増えていく足跡をいくらでも受けとめられるわけではない。だからこの記事では、公開された正確な座標も、もっとも速く下りられる近道も、あなたには教えない。来てほしい。けれど、ゆっくりと、そっと、もう何も持ち帰らないでほしい。
なぜ、これほど苦労して歩くのか
「美しいものは、道の上で拾うものではない。道の上で勝ち取るものだ。」
栗松温泉が人の記憶に残るのは、それがどれほど緑であるかではない。ちょうど50メートルのロープを登りきり、膝がまだ震えているそのとき、顔を上げて、翡翠色の岩壁から白い湯気が立ちのぼるのを見た ── あの感覚なのだ。
もしその入口にロープウェイを一本通したなら、翌日には500人がここで自撮りを始めるだろう。けれど栗松は、入りにくい道を選んだ ── 一年のうち下りられるのは渇水期の十数日だけ、一度に入れるのは五、六人だけ、道中はロープを伝わねばならない ── だからこそ、栗松はいまも、ありのままの姿でいられる。
これは、大自然が値引きを許さない、その態度なのだ。
どうすれば安全に行けるか
- 場所:南横公路(台20線)168.5K地点、または「摩天福徳宮(摩天福德宮)(169K)」のそばの入口を目印に
- 標高:1547メートル
- おすすめの季節:12〜3月の渇水期。渓流の水位が低く、下りられる。5〜10月の増水期は、けっして無理をしないこと。
- 装備:手袋、滑りにくい靴、背負い式のバッグ、雨具、ヘッドランプ(安全のため)、軽いタオル
- 出発前の確認:南横公路は崩落や通行規制が起こることがあり、出発前にかならず路況を確かめること。天龍飯店(霧鹿〔霧鹿〕にあり、南横沿線の宿泊と情報の拠点)に問い合わせるのがよい
- 単独で行かないこと:ロープを使う区間では、互いに気を配り合う必要がある
- 道しるべがない:道中の標識ははっきりしない。かならず経験のあるガイドに従うこと
あとがき
栗松は、「写真を撮ってチェックインしたい」人のための場所ではない。二時間かけて車を走らせ、さらに一時間かけてロープで下り、最後はわずか30分だけ過ごして山を登り返す ── そういう人のための場所だ。
訪れた人のなかには、帰ってきてこう言う者もいる。湯温は思ったほど熱くなかった、岩壁は思ったほど緑ではなかった、と。それでも彼らはまた行く。なぜなら知っているからだ ── あの30分の静けさを。谷のなかに、ただ水の音と、自分の呼吸だけがある、あの時間を。この世界では、それはもう、見つけるのがますます難しくなっている。
栗松へ来るのは、何かを「見る」ためではない。ひとつの時間を、自分自身へと取り戻すためなのだ。
Image credits
- Hero: 交通部觀光署 · media.taiwan.net.tw · 政府資料開放授權條款 第 1 版
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