
利稻(利稻)· 南横の雲上の村 · あるブヌン族の物語
標高1068メートル、雲の肩に腰かけるブヌン族の村
台東県でもっとも標高の高い集落、台湾固有種「タカサゴゴヨウ(天龍二葉松)」唯一の故郷、南横公路でいちばん美しい一駅 ── 利稻は、ブヌン族が200年かけて育ててきた高山の田園です。
部落編輯室·更新 2026-05-31 · 5分で読めます
関山から台20線・南横公路に入り、ひたすら西へと登っていく。
海端を過ぎ、霧鹿を過ぎ、天龍吊橋を過ぎ、車でおよそ1時間、標高を1000メートル上げると、「利稻」と呼ばれる村にたどり着く。
標高1068メートル。台東県でもっとも高いところにある集落。
雲は、もうあなたの足もとにある。
利稻は「観光地」ではなく、「ひとつの村」
利稻には、およそ300人が暮らし、その9割以上がブヌン族。60戸の家、小学校が1つ、教会が1つ、民宿が2〜3軒、そしていくつかの高冷地野菜の農場がある。
ここは観光客に見せるためにつくられた集落ではなく、いまも本当に営みのつづく、高山のブヌン族の村だ。
南横公路・台20線の約175K地点から曲がって入ると、利稻台地はまるで一枚の盆のように、中央山脈の両側にそっと捧げ持たれている。夜明けの雲海は新武呂渓の谷あいから這いのぼり、夕暮れの茜色は屋根の一枚一枚を金色に染める ── これは写真の加工ではない。利稻にとっての、毎日の何気ない風景だ。
ブヌン族が、ここに200年
ブヌン族(布農族)は、台湾で唯一、頭目制度を持たない原住民族だ。部落の決定権はひと家庭ずつに分かち持たれ、重要なことはすべて村じゅうで話し合う ── だからこそブヌン族は、人類学者から「台湾でもっとも民主的な原住民族」と呼ばれてきた。
利稻部落の祖先は、およそ200年前に南投県信義郷から移り住んできた。中央山脈に沿って南へくだり、さらに稜線を越えて台東へ。彼らがこの利稻の台地を選んだのは、ここに、アワを育てるのに十分な水と、十分な陽ざしと、十分な傾斜があったからだ。
200年が過ぎたいまも、アワは利稻の畑に実りつづけている。
利稻を特別にする、三つのこと
1. 高冷地野菜
標高1000メートル以上 + 昼夜の大きな寒暖差 + 山の湧き水での灌漑 ── 利稻で育つキャベツ、大根、白菜、ねぎは、甘みが平地のものの1.5〜2倍。冬のキャベツは、そのまま生でかじれるほどだ。
集落の道沿いには農家の直売所が並び、山を下りて関山で買うより30〜40%も安い。採れたてをその場で包み、その日のうちに発送しても台北に届くのは翌日になる、というほどの新鮮さだ。
2. 摩天嶺の桃
利稻からさらに西へ10分ほど走ると摩天嶺(摩天嶺)、標高1500〜2000メートルにひろがる桃畑がある。6〜8月が旬で、もぎたての桃は果汁がしたたり、香りも豊か。拉拉山の桃よりさらに甘く、収穫量はずっと少ない(南横の交通規制のため、大量の出荷がむずかしいのだ)。
3. タカサゴゴヨウ(天龍二葉松)
世界でも海端郷の海端村から利稻村のあいだにしか自生しない、台湾の固有種。葉が二枚で一束になる(だから「二葉松」と呼ばれる)、樹形は美しく、樹皮は粗く深い裂け目をきざむ。植物学者やエコツーリズムの旅人にとって、タカサゴゴヨウを目にすることは、台湾固有種コンプリートに等しい。

訪れるべき、二つの時間
早朝06:00〜08:00 ── 雲海
見られる確率はおよそ60〜70%(夏より冬のほうが高い)。利稻台地から東を望むと、中央山脈と新武呂渓の谷のあいだを、白い雲海が一本の川のように谷から流れ出てくる。中央山脈の背からまさに陽が昇るその瞬間、雲海はいちめん、淡い金色がかった薔薇色に染まる。
1〜2月 ── 山桜の季節
集落の道の両側には、何百本もの山桜(緋寒桜)が植えられている。毎年1月末から2月なかばにかけて咲きそろい、村いちめんが薄紅色に染まる。訪れる人は陽明山の100分の1にも満たない。静かで、広やかで、ぬくもりがある。
見落としやすい、こまやかな風景
- 利稻小学校:台湾でもっとも標高の高い小学校のひとつ。運動場からそのまま中央山脈が望める。下校の時間帯は立ち入れないが、柵の外から写真は撮れる
- ブヌン族のPasibutbut(八部合音):収穫祭や射耳祭の時期(おおむね5〜7月)には文化センターで上演されることがある。ユネスコ無形文化遺産に認定された歌声だ
- アワの畑:集落の周辺には人々のアワ畑がある。距離を保ち、けっして踏み入らないように(ブヌン族には「アワの女神」への信仰がある)
- 天空珈琲 / 利稻平台珈琲:集落にわずか1〜2軒のカフェ。部落で自家栽培した珈琲豆を使い、値段は手ごろで、眺めは無敵だ
利稻の食 ── ブヌン族とともに味わう
| 食べもの | 詳細 |
|---|---|
| アワのちまき(Avai) | ブヌン族の主食。アワ、肉、樹豆を、月桃の葉で包む |
| アワの酒 | 自家醸造の、アルコール度の低い酒。焼いた山豚の肉といちばん合う |
| 山豚の肉 | 狩人が持ち帰った山豚を、焼く前に山の塩とマーガオで味つけする |
| マーガオ(馬告・山胡椒) | ブヌン族の土地の香辛料。レモンと胡椒をあわせたような香りがする |
| アワの粥 | 冬、体をあたためる朝ごはんの一品 |
| 高山のキャベツ | 生で、和えて、さっと炒めて。味つけは控えめがいい |
利稻の旅を、どう組み立てるか
1日(関山から往復)
| 時間帯 | 行程 |
|---|---|
| 07:00 | 関山を出発(利稻まで車で1.5時間) |
| 09:00 | 利稻に到着、雲海を眺める(出ていれば) |
| 10:30 | 集落の散歩、農家直売所 |
| 12:00 | 集落で昼食 |
| 14:00 | 摩天嶺の桃畑(6〜8月) |
| 16:00 | 関山へ引き返す(夜の山道を避けるため) |
2日(利稻に泊まる)
- Day 1:利稻の民宿にチェックイン → 集落で夕食 → 星を見る(標高1068m + 光害なし = 天の川が肉眼で見える)
- Day 2:早朝の雲海 → 朝食にアワの粥 → 摩天嶺 → 引き返す
南横公路・2026年の通行について
利稻へ行くには、南横公路・台20線を必ず通る:
- 2022年から条件つきで通行可能(梅山口〜向陽の区間は臨時の仮設道路に格下げ)
- 平日は時間限定での開放(おおむね06:00〜07:00に出発し、15:00までに引き返す)
- 週末は通行規制がかかることがある
- 天候が悪いときは随時封鎖される
- 梅山口〜海端のあいだにガソリンスタンドはないので、出発前に満タンにしておくこと
出発前に必ず確認を:
- 公路総局・南区養護工程分局のリアルタイム公告
- 「台20線南横リアルタイム路況」のLINEグループ
なぜ、利稻はわざわざ訪れる価値があるのか
利稻には、鹿野の熱気球のような「ひとつの見せ場」はない。阿朗壹古道のような「極限の挑戦」もない。知本温泉のような「完成されたパッケージ」もない。
利稻があなたに差し出すのは ── 標高1068メートルの、何気ない日常だ。
ブヌン族の母がアワ畑で腰をかがめ、子どもが運動場から家へ駆けて帰り、農夫のトラックが高冷地野菜を積んで山を下り、教会の鐘が夕方6時に鳴り、雲海が谷から這いのぼって村ぜんたいを包みこむ ── 毎日くり返されるこうした営みこそが、利稻のいちばん尊い「何事もないことの美しさ」をかたちづくっている。
そしてその「何事もないことの美しさ」は、標高を1000メートル上げ、1.5時間の道のりをたどり、民宿を予約して一泊する ── そうしてはじめて、目にすることができる。
あとがき
利稻が教えてくれるのは ── 高さとは、ただの物理的な数字ではない、ということだ。
標高1068メートルは、雲海が浮かびあがり、桜が咲き、桃が甘くなる、というだけのことではない ── それは、あなたが平地からどれだけ遠ざかる気があるか、どれだけの時間をかける気があるか、自分の快適さにどれだけ折り合いをつける気があるか、ということを映している。
そして200年前のブヌン族の祖先は、まさにそうした「ある気」によって、この台地に家を建てたのだ。
次に海端郷を訪れるときは、ぜひ利稻まで登ってほしい。 そして雲の肩に腰かけて、ひとつの午後を過ごしてほしい。
あわせて読む:
- 嘉明湖の三日間とともに:嘉明湖「天使の涙」
- 栗松温泉の野湯とともに:栗松温泉「翡翠の代償」
- 南横の一日行程:利松南横 1日
- 海端を深く巡る台東3泊4日:台東3泊4日 深掘り版
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