
太麻里(太麻里)· 日の出ずる里 · ひと筋の曙光をめぐる物語
台湾の最初のひと筋の光
太平洋から昇る太陽が、いちばん先に照らすのはここ。台湾本島がミレニアム最初の曙光を迎えた場所。
Sam Hu·更新 2026-05-28 · 4分で読めます
台湾本島ぜんたいをひとりの人にたとえるなら、**太麻里(太麻里)**は、毎朝いちばん先に開くその片目だ。
太平洋の太陽が水平線から昇るとき、最初のひと筋の光は、まずここに落ちる。
日の出ずる里
太麻里は台東県の南端に位置し、山を背に海と向きあう、太平洋に沿って細長く延びた町だ。
その名はパイワン族(排灣族)の言葉に由来し、「太陽の昇る場所」を意味する。この地が観光の言葉になるよりずっと前から、人々は代々この海岸線で日の出を眺めてきた ── 太陽はいつだって、ここの目覚まし時計だった。
これは宣伝文句ではない。地理のうえでも、台東の海岸は台湾本島が毎日いちばん早く陽を浴びる一帯なのだ。しかも太麻里は、何ひとつ遮るもののない太平洋にまっすぐ向きあっている。前を阻む島はどこにもない。だから「日の出ずる里」というこの名は、地球の自転がみずから認めた称号なのである。
ミレニアム最初のひと筋の光
2000年1月1日、台湾じゅうの視線が太麻里に注がれた。
それはミレニアム最初の朝だった。太麻里は、台湾本島がミレニアムの曙光を迎える象徴の地に選ばれた。あの年、数万の人々が海辺に押し寄せ、あのひと筋の光を待った。のちに政府はここに「ミレニアム曙光記念園区」を築いた。
二十数年が過ぎても、毎年の元日には、暗いうちから車を走らせてここへ来る人がいる。ただ、新しい年の最初の太陽が太平洋から昇るのを見るために。
「太陽は誰のためにも立ち止まらない。けれど毎日、かならず帰ってくる。
」

まるで漫画のような踏切
ここ数年、太麻里はある踏切のおかげでネットで一躍話題になった。
太麻里駅の近くに鉄道の踏切があり、その背景には紺碧の太平洋が広がっている。線路は海のほうへと延びていき ── それは日本のアニメ『スラムダンク』のオープニング、あの鎌倉高校前の踏切によく似ているのだ。
そうしてこの踏切には、こんな愛称がついた ──「桜木花道の踏切」。数えきれないほどの人がわざわざここを訪れ、南廻線の列車が一本通り過ぎるのを待ち、あの「漫画が現実になる」瞬間を写真におさめる。
これは太麻里のもうひとつの「光」だ ── 日の出の光ではなく、ひと世代の青春の記憶が放つ光である。
金針山に昇る、雲海の日の出
太麻里の日の出は、海辺だけのものではない。
山のほうへ車を走らせると、**金針山(金針山)がある。7月から10月にかけて、山ぜんたいがワスレグサ(金針花)**に黄金色に染まる。そして一年を通して、**忘憂亭(忘憂亭)**は日の出を眺める隠れた特等席だ ── 高みから太平洋を見はるかせば、運がよければ、足もとには一面の雲海が広がり、太陽がその彼方から昇ってくる。
海辺の日の出は雄大で、山上の日の出は夢のようだ。太麻里には、その両方がある。
2026年、熱気球もここで日の出を選んだ
2026年、太麻里の曙光に、ひとつの連れができた。
7月23日の午前四時、2026台湾国際バルーンフェスティバルは、たったひとつしかない「曙光ライトアップ」の回を、太麻里曙光記念園区へと移した —— 多くの人がまだ鹿野高台(鹿野高台)で夜明けを待っているころ、ここの熱気球は、太平洋の最初のひと筋の光のなかで、静かに灯ることを選んだ。
それは、フェスティバルの八回のライトアップ・コンサートのうち、唯一、夜ではなく夜明けに行われる回だった。場所が選ばれたのは偶然ではない。台湾でいちばん早い日の出を見たいのなら、もとより訪れるべきは太麻里なのだ。
太麻里の曙光を見るには
- 海辺の日の出:
- ミレニアム曙光記念園区、太麻里の海浜(曙光がいちばん撮りやすい)
- 太麻里駅のそばの「桜木花道の踏切」(日の出 + 列車 + 海)
- 山上の日の出:金針山の忘憂亭(車で山を登る必要あり、冬は雲海の確率が高い)
- おすすめの季節:
- 元日の前後(ミレニアム曙光の雰囲気 + 人出)
- 7〜10月(ワスレグサの花季 + 海と山、ふたつの日の出)
- 時間:日の出の時刻は季節によって変わる。夏はおよそ「05:00」、冬はおよそ「06:30」。前夜にその日の日の出時刻を必ず確認すること
- 注意:日の出を見るには暗いうちに出発することになる。山道はカーブが多いので、地元のガイドや道に慣れた人と同行するのがおすすめ
あとがき
私たちは、早起きのとても難しい時代を生きている。目覚ましが三度鳴り、二度寝をして、それから通勤の車中でうたた寝をする。
けれど太麻里には、価値のある早起きがある ── ひと筋の光のために起き、台湾でいちばん早く目を覚ます海岸に立ち、太陽が太平洋の果てから昇ってくるのを眺める。その瞬間、スマートフォンはなく、通知はなく、やるべきことのリストもない。
ただ光だけが、一寸また一寸と、世界をふたたび開いていく。
これは台湾の最初のひと筋の光だ。そしてそれはたぶん、あなたがずいぶん長いあいだ、きちんと見ていなかった、ひとつの朝でもある。
Image credits
- Hero: 花東縱谷國家風景區管理處 · media.taiwan.net.tw · 政府資料開放授權條款 第 1 版
- Secondary: 花東縱谷國家風景區管理處 · media.taiwan.net.tw · 政府資料開放授權條款 第 1 版
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