
都蘭 · 芸術の小さな町 · ある午後の物語
ひとつの製糖工場、ひと群れの芸術家、ひとひらの海
台11線から新東製糖工場へと折れたその瞬間、台東はそのリズムを変える。芸術家、サーファー、アミ族(阿美族)の人々、コーヒー店の店主 ―― 都蘭は、それぞれに違うすべての人を、同じひとひらの海の前へと集める。
海岸編輯室·更新 2026-05-31 · 5分で読めます
台東の市街から北へ車を走らせると、台11線は太平洋に沿って延びていく。海は、ずっとあなたの右側にある。
走りはじめて30分ほどのところで、道端にひとつの標識が現れる。「新東製糖工場」。
そこへ折れた途端、台東はそのリズムを変える。
ひとつの製糖工場の転身
新東製糖工場は日本統治時代に建てられ、百年近くにわたって赤糖(黒糖)をつくってきた。1990年代に廃業したのち、遊休となった赤煉瓦の倉庫に、芸術家たちが少しずつ住みつくようになった ―― 木彫、陶芸、油絵、音楽家、ドキュメンタリーの監督 ―― 毎年、滞在制作の計画が行われている。
古い製糖工場のトタン屋根の下には、いまでは画廊があり、独立系の書店があり、手仕事のスタジオがあり、深夜まで開いているカフェがある。誰かがこうなるように「計画した」わけではない。芸術家がひとり、またひとりと自分の意志で移り住み、この場所を今の姿へと育ててきたのだ。
ここが、台東がほかの観光の町ともっとも違うところだ ―― 都蘭は開発されたのではなく、暮らしのなかから生まれてきた町なのだ。
都蘭山は祖霊の山
新東製糖工場へ入る前に、ひとつ知っておきたいことがある ―― 都蘭はもともとアミ族(阿美族)の集落であり、この土地には、土地なりの順序がある。
都蘭山(標高1,190メートル)はアミ族の祖霊の山であり、年ごとの歳時の祭儀は、いつも山の方角から始まる。製糖工場の赤煉瓦の壁の外に広がる集落の路地、海辺の祭壇、集会所 ―― それらは「観光スポット」ではなく、いまも人が生きている集落の空間なのだ。
都蘭へ入るときは、まず車の速度をゆるめること。集落の集まりや祭典の時間にあたったら、道を譲ること ―― これが、台東がまず教えてくれる最初の一課だ。

ある午後の都蘭
| 時間帯 | 過ごし方 |
|---|---|
| 14:00 | 新東製糖工場へ。滞在制作のスタジオを巡り、会期中の展示を見る |
| 15:30 | 「都蘭小学校」の向かいのカフェで午後を過ごす(地元のバリスタが多い) |
| 16:30 | 車で5分、加路蘭(加路蘭)海岸へ。流木のランドアート作品を見る |
| 17:30 | 都蘭へ戻り、海の見えるレストランで夕食を(シイラ、トビウオの季節) |
| 19:30 | 夏の週末には「月光・海の音楽会」を(入場自由) |
予定を詰め込む必要はない。都蘭の楽しみ方は「予定を立てないこと」 ―― カフェに長居して、海辺を少し遠くまで歩き、スタジオの店主と三十分ほど語らい、月光の海でライブを最後まで聴いてから帰る。
「この小さな町は、あなたが「チェックインする」ための場所ではない。「とどまる」ための場所なのだ。
」
見落としやすい三つの片隅
- 都蘭石棺(卑南文化の遺跡)―― 製糖工場の裏手の山の斜面にある、三千年前の人類の遺跡。台湾でこれほど間近に見られる場所は、そう多くない
- 隆昌集落 PA-RIYAR の砂浜 ―― 都蘭の南へ5分とかからない、商店もパラソルもない、純粋な海辺
- 東糖珈琲 ―― 製糖工場のなかにある老舗のカフェ。店主は工場の元従業員で、一枚一枚の赤煉瓦の壁について、その物語を語ってくれる
どの季節に来るのがいちばんか
- 3〜6月:海風はやわらかく、芸術祭の季節が始まったばかり。カフェの屋外席がいちばん心地よい
- 6〜9月:月光海の音楽会、サーフィンの最盛期、夏の催しがもっとも密になる
- 10〜11月:芸術祭の最盛期に、渡り鳥の南下を眺める
- 12〜2月:旅人は少なく、カフェは静か。原稿を書き、本を読む旅人にとっての楽園
あとがき
都蘭は、ほかの台東の町とは違う。
ここには温泉もなく、熱気球もなく、インスタ映えするような金城武の樹もない。けれど、ここには「人」がいる ―― アミ族の祭司、製糖工場の元従業員、滞在制作の陶芸家、サーフィンのインストラクター、カフェを営む退職した技師まで ―― それぞれに違う人々が、同じひとつの午後を、それぞれの姿で過ごしている。
都蘭へ来るのは、何かを見に来るのではなく、「人がどんなふうに、ひとつの場所で生きているか」を感じに来ることなのだ。
そしてその感覚は、台東があなたに贈ってくれる、もっとも貴いものなのかもしれない。
関連記事:
- 海岸線をひととおり歩きたい方へ:東海岸の集落 3日間
Image credits
- Hero: 花東縱谷國家風景區管理處 · media.taiwan.net.tw · 政府資料開放授權條款 第 1 版
- Secondary: 花東縱谷國家風景區管理處 · media.taiwan.net.tw · 政府資料開放授權條款 第 1 版
Sources
More stories —
他の地元の物語

卑南遺跡 · 先史文化 · 五千年のひとつの物語
5500年前、台東にはすでに人がいた ── 火を焚き、糧を食み、死者を葬っていた
卑南遺跡は台東市の康楽駅のかたわらに位置し、台湾で最大規模の先史時代の集落遺跡であり、環太平洋および東南アジア地域でも最大規模の石板棺墓葬群である。今から5500〜2300年前の卑南文化が、ここに完全な集落・墓葬・玉器・陶器を遺した。1980年、南廻鉄道の工事中に発見され、考古学者の宋文薫・連戦の指揮のもとで発掘が行われ、2000基を超える石板棺が出土した。月形石柱(3500年前)は地表に遺された最も象徴的な遺構である。「台東に人が住みはじめたのは100年前のことではない」と知りたい旅人へ。
2026-05-31 · 6 min read

伯朗大道(ブラウン・アベニュー) · 映え写真ではない版 · 池上のひとつの物語
「奉茶」と呼ばれる木が、あるスターに名前を10年貸していた
伯朗大道は全長2.2キロ、台東県池上郷の錦新三号道路に位置し、あえて電柱も家屋もありません。2013年に金城武が航空会社のCMでこの茄苳(アカギ)の木の下でお茶を飲んだことから一躍有名になりました ── けれども2023年以降、「金城武樹」という公式名称はもともとの「奉茶樹」に戻されています。台東に暮らす私たちが、この道のいちばん本当の物語をあなたに綴ります ── 金城武樹の本当の名前、池上の人々の走り方、どの季節に行くのがいちばんよいのか。
2026-05-31 · 5 min read